AIへの指示は13個のボタンに収まった——左手デバイスが映す、人間に残る仕事
私の手元には、ボタンが13個並んだ小さなデバイスがある。「左手デバイス」と呼ばれる道具だ。配信者が場面の切り替えに、イラストレーターがよく使う操作の呼び出しに使う、物理的なショートカットキーの箱である。私が使っているのはUlanziというメーカーの13キーのもので、押すと決まった文章がAIコーディングエージェントに送られるように設定してある。
どのボタンに何を割り当てるかは、想像で決めなかった。自分が実際にAIへ手打ちした指示を集計して、頻度の高いものから順にボタンにした。その結果いま並んでいるのは、こういう文章だ。
- 「承認します。」
- 「再開して。」
- 「私の意図を復唱してください。曖昧な点があれば問い返してから着手して」
- 「いまの方針に100%の自信があるか反証して」
- 「着手する前にたたき台(方針案)を作って提示して。承認するまで実装しないで」
- 「直前の失敗を教訓化して保存して」
- 「ベストプラクティスを調べたうえで、業界標準に沿って実装して」
一覧にして気づいたことがある。「コードを書け」にあたる、作業そのものの指示がひとつもない。13個のボタンは全部、判断か検査の言葉なのだ。
最頻の指示は「承認します。」だった
集計して最も多かったのは、「承認します。」「再開して。」という数文字の言葉だった。作業の中身はAIが進める。人間の私が発しているのは、その入口と出口の言葉——着手前に意図を合わせる言葉と、結果を見て先へ進めてよいと告げる言葉である。
これは私の仕事が楽になったという話ではない。仕事の置き場所が動いたという話だ。実装の工程が人間の手を離れた分、工程の前後——「何を頼むか」を正確に言葉にすることと、「出てきたものを通してよいか」を判断すること——に人間の仕事が凝縮された。ボタンの一覧は、その凝縮の跡をそのまま写している。復唱させるのは、誤解したまま走り出すのを防ぐためだ。反証させるのは、うまくいっているように見えるときほど疑う必要があるからだ。
あえてワンタッチにしなかったボタン
13個のうち、本番環境への反映や変更の統合といった影響の大きい操作のボタンだけは、押しても文章が入力されるだけで、送信までは自動化していない。目視で確認してから、手で送信キーを押す。ワンタッチにできるのに、しない。
効率化のための道具の中に、意図的に摩擦を残している格好だ。やってみてわかったのは、自動化の設計とは「何を自動化するか」と同じくらい「どこを自動化しないか」の設計だということである。取り返しのつく操作は速く、取り返しのつかない操作には人間の目を挟む。この線引き自体は、AI以前から変わらない実務の知恵だと思う。
指示文が資産になる
もうひとつの発見は、ボタンの中身——つまりAIへの頼み方の文章——が、蓄積し改善できる資産になったことだ。ボタンの定義はテキストファイルとしてバージョン管理し、利用実績を計測して、使われないボタンは外す。うまく伝わる言い回しを見つけたら文面を更新する。言い回しの改善が、そのまま日々の成果の改善になる。
口頭で消えていた「頼み方」が、書き留めて磨ける対象になった。ここで問われているのは新しい技能ではない。相手に伝わるように書く、という昔ながらの言語化の力である。
13個のボタンが示す、残る力
このボタンの一覧を、私はAI時代の知的労働の縮図として眺めている。意図を正確に言葉にする力。出てきたものを通してよいか判断する力。順調に見えるときに疑う力。失敗を次に使える形に整理する力。どれもAIが生んだ新しい能力ではなく、読むこと・書くこと・確かめることの応用だ。
何を頼むべきかの見立てがどこから来るのかは、別のコラムに書いた。子どもの学びを考える材料としてこの一覧を差し出すなら、こうなる——AIが道具として当たり前になった後に問われていたのは、道具の知識でも操作の速さでもなく、判断と言語化という地味な基礎だった。少なくとも私の机の上では、そうなっている。