Columns — INKRIM
AIが答えないのは、危ないからとは限らない
AIがある分野の質問だけ一貫して答えを濁す時、危険だからではなく、安全ルールの作り方が生む死角かもしれないという話。
COLUMNAIの「終わりました」を信じない——任せる前に完了条件を書く
AIに仕事を任せるとき、長い指示より効くのは「何を確認できたら終わりか」の定義である。作業と完了を分けて考える。
COLUMNAIへの指示は13個のボタンに収まった——左手デバイスが映す、人間に残る仕事
よく打つ指示を集計して物理ボタンにしたら、残ったのは「承認」「復唱」「反証」だった。作業の指示がひとつもない理由を考える。
COLUMNAIとの約束は忘れられる——「お願い」と「仕組み」、プロンプトとフックの話
「毎回必ずやって」と頼んでも、AIは守るとは限らない。自然言語の指示と機械的な強制の違いは、AIに何を任せてよいかを見分ける軸になる。
COLUMN「たぶんできそう」を身につける——AIが何でもしてくれる時代に、それでも勉強する理由
AIはエンジニアの「たぶんできそう」を現実にする道具になった。ならば人間に残る仕事は、見立てを立てることだ。
COLUMN勝負はこの5年。AIの格差が固定される前に
AIの進化がピークに当たるこれからの5年で、活用の差は生活の差になっていく。そして一度ついた差は、たぶん縮まらない。
COLUMNAIを使い倒すには、結局「4教科」が要る
AIに指示が出せるか。AIの答えを理解できるか。その分かれ目は、驚くほど古典的な基礎学力にある。
COLUMN学歴の意味は25歳でわかる。中学受験は12歳で終わる
「勉強しておけばよかった」が腹に落ちるのは社会人になってから。だがその時、やり直せる入試はもう残っていない。
COLUMNAIで増やし、学びに回す——親子2代の循環をつくる
AIの利用量はこれからも増え続ける。ならば家庭の戦略はひとつ。AIで所得を増やし、それを子どもの学びと資産形成に回すことだ。
COLUMN生成は簡単、信用が難しい——AIに仕事を任せて残った本当の課題
AIに作らせること自体は、もう誰でもできる。難しいのは、作られたものを信用してよいか決めることだ。
COLUMN教育の意思決定は、誰がいつ下しているのか——不可逆のカレンダー
中学受験は親が決め、就活は本人が決める。決定権が移っていく時間割を一度、表にして眺めてみる。
COLUMN感覚を信用しない——データで子育てするという実験
「なんとなくここが弱い気がする」で決めない。家庭学習を計測可能にしてみて、わかったこと。
COLUMN英語とプログラミングは、AIで「要らなく」なるのか
翻訳も、コーディングも、AIがやってくれる。では習い事の定番だったこの2つは、もう学ぶ価値がないのか。
COLUMNAIが面接を均一化する。だから学歴が回帰する
就活生の3人に2人が生成AIを使う時代。応募書類と面接の質が底上げされたとき、企業は何で人を選ぶようになるのか。